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国立天文台野辺山観測所で働くことになった。期間は2004年11月1日〜5月31日までの7ヶ月間。臨時雇用とはいえ、正式に台長名で辞令が公布され、職員証も発行していただいた。 つまりワタクシの名前は、国立天文台の歴史の中に「公式に」記録されたのである。 私は感無量の思いを禁じえない。天文学に興味がある、あるいは憧れを抱くものならば、誰しも一度は脳裏をかすめた経験があるのではないだろうか。
〜天文台で働くには、どうすればいいのだろう〜
かくいう私も無理を承知で、この疑問の扉をたたいてみたことがある。いまでも国立天文台の「よくある質問」のなかで取り上げられているのだから、いつの時代にも私と同じ想いを抱く人はいるのだろう。 以下の質問は、国立天文台の公式ページからの抜粋である ハア.... _| ̄|○ 応募条件を満たすためにすべきことを考えただけで目まいがしそうだ。天文台で働くなんて見果てぬ夢にすぎなかった。それがまさか、こんな形で脇から侵入...(^^;) いや、スタッフの仲間入りができるなんて 辞令はもちろん、額に入れて部屋に飾ってあることは言うまでもない。
職 場
私が配属された部署、 それは...
食 堂
そう、観測所で働く皆さんのために食事をつくるところである。 野辺山観測所最強の部署ともウワサされている食堂、そのとおり大変に重要な部署である。周辺にお総菜屋さんやレストランの類いがあまりにも少ないという地域事情を考えると、都市部の社員食堂とは比べものにならないほど需要があることは言うまでもない。そんな中、観測所スタッフの胃袋を一手に握っているというのは、やっぱり強みかも...?! (^^;) そして、冬季の観測シーズンともなれば観測所には世界各国から研究者が訪れる。ここは、世界の天文学者に食事を提供するインターナショナルな食堂なのだ。 「海外出張で楽しみなもの」と言えば何だろう。景色?文化? 確かにそれもある。ただ、観光ならともかく、仕事で訪れた場合には、忙しさに追われて景色を見渡すゆとりさえないかもしれない。 そうなったら、やはり食べることが一番の楽しみではないだろうか。極端にいえば、食事のおいしさがその国の印象をも左右しかねないと思うのだ。 「野辺山の食事はおいしかった。また観測に行きたい」 と思っていただけるような、そんな食事を提供できたらどんなに素晴らしいだろう。そして、その食事の中には私が切った野菜が入っているかも....。 私はこの仕事に、大変誇りを持っている。 と同時に、大いなる責任も感じている。はたして私が調理したものは、お金をいただいて人様に提供できるものなのか。それを考えるとプレッシャーで胃が縮みそうだ。 私には大きな気掛かりがあった。じつは私には、致命的とも言える弱点があるのだ。
ここだけの話
私の弱点...。あまり大きな声で言いたくはないが、 じつは、 千切りが、ド下手! なのである。 私が家庭でキャベツの千切りを出そうものなら、夫は決まってこう言う。 「食堂の千切りはこの5分の1どころか10分の1の細さだよ。」 「いいの、これは百切りだから。」 …家ではボケてごまかしていたのだが、こんどはそうはいかない。 「千切り...千切り...あああ、どうしよう千切り...」 うわごとのように心配する私に、夫はまじめな顔で話しかけてきた。 夫 「今日、食堂のおかず見たけど、あれはたぶん機械で切ってるよ。」 私 「そうかなぁ..。」 夫 「だって細さが均一に揃ってたもの。」 私 「そ、そっか。」(ホッ) 夫 「だいいち手であんなに細く大量に切るなんて大変だよ。機械にきまってるよ。」 私 「そうかぁ、よかった〜。」 夫 「でも。機械だからって油断しないほうがいいよ。」 〜 私は以前、スライサーで指の肉までスライスしたことが2度もあるのだ 〜 私 「そうね。私の肉入りサラダに血液ドレッシングじゃね...。」 夫 「・・・・。」 私 「・・・・。」 (もちろん、そんなものはお出ししません。ご安心ください) 夫 「あさっての11時から顔合わせを兼ねて打ち合わせだって。行かれる?」 私 「うん。」 この日の会話によって、私の千切り恐怖症は一応、解消されたはずであった。
そしてむかえた打ち合わせの日。 「♪トントントン、♪トントントン、......」 食堂からは、包丁がまな板をたたくリズミカルな音が聞こえてきた。 「♪トントントントントントン......」(早っ!) 「♪トントントントントントントントントントントントン......」(速っ!) ♪トントントントントントントントントントントントントン♪トントントントントントントントントントントントントン♪トントントントントントントントントントントントントン♪ 私は厨房に入り、調理の現場を見た。 機械なんてどこにも見当たらない。それどころかスライサーさえ使っている様子がない。 すべて人力、匠の技であった。 私は一応、確認のために訊ねてみた。
私 「あ、あの...このキャベツとかって、みんな手で切ってたんですね...。」 先輩 「そうよ。」(ニコニコ) 私 「す、すごいですね。」 先輩 「そう?」(ニコニコ) ううう。どうやら手で千切りするなんてことは当然至極のことらしい。 食堂で調理業務に志願しようというのに「千切りが苦手です...」だなんて、言える訳がない。 先輩 「得意料理はなに?」(ニコニコ) 私 「え、あの..ひじきの炒め煮とか..。」 先輩 「あら、和食なの。」 私 「...ハイ。」 結婚してからというもの、わが家はずっと和食党だ。ソース勝負のイタリアンやフレンチ、大量に油を使う中華料理もおいしいが、やはり日常的に食べるとしたら私は和食に軍配をあげたい。 それに和食は家庭でつくるぶんにはラクなのだ。基本的に調味料の、さとう、酒、みりん、しょうゆ、に各種のだし(かつお、こんぶ、煮干しなど)を組み合わせるだけ。 私が考える和食の極意。それは、 火力によって素材の水分を飛ばし、アルコール(酒)を用いて「だし(味)」を浸透させる。 これを考えるだけで、なんとかなるのだ! 酢やドレッシングで和える場合も原理は同じだ。浸透圧の差を利用して水分を出し、味を入れる。煮物は冷めるときの温度差を利用して味をしみ込ませる。たんぱく質は加水分解で旨味を引きだし、熱や調味料によって変成凝固させることで消化がよくなる。生デンプンがアルファ化する温度は60〜70℃くらいであるとか、水溶性ビタミンは水に溶けやすく熱に弱いから調理には工夫が必要だとか.... 台所に立つと、つくづく (ああ、お料理って化学変化なんだわ〜。) と、実感するのであった。 がっ、こうしたマメ知識でなんとかするのと、美しく千切りができるかどうかは別だ! 私は先輩のひとりにそっと打ち明けた。すると、 「(朗らかに)あら、千切りが苦手なの。ほほほほ。」 と、あっけないほど朗らかに笑い飛ばしてくださったのである。 おかげで私は一気に肩の力が抜けた。そういえば勤めることが決まった日にも、私は結構カチコチになっていた。するとその日の夜、私の上司にあたる方が「気楽に考えて」とわざわざ電話してきてくれたのだ。私はとても嬉しかった。食堂のメンバーに加わるのが楽しみになった。 こんなに恵まれた職場なんだから思い切っていこう。なんでも教えていただこう。千切りだけじゃなくて、いろんなこと先輩方から教わりたい。できたら勤めをきっかけに千切りもマスターできたらいいな。 「最初は洗い場からね。」 そうだった、そうだった。 まずはちょっとだけホッとした。
食堂ノート復活!
食堂で働きはじめて数日が過ぎたある日、私は前日のおかずについての「お客さま」のウワサを小耳にはさんだ。 「おいしかったんだけど、量が少なかった...。」 「もっと食べたかった...。」 「少なすぎる。3倍は食べたい。」(← それは無理!) こうした要望を気軽に書けて、食べる側と作る側とで楽しくコミュニケーションがはかれるような、雑記帳のようなものはないだろうか。そう、よく見学者コースにおいてあるようなアレである。 と思って夫に話をしたところ、 「前からあるよ、食堂ノート。」 で、翌日さがしに行ってみると、あった! 「食堂ノート」は電子レンジの裏側に、ひっそりと隠れるようにつり下げられていた。見たところ1〜2年は使われていない雰囲気だ。さっそく表にひっぱりだし、目につく場所に移動してみる。が、じつに目立たない。そこで黄色い画用紙に「食堂ノート復活しました!」と書いてノートにくっつけ、おもいっきり存在感をアピールしてみた。
「どんな書き込みがあるかな〜。楽しみ楽しみ」 ところがっ...! 食堂ノートはよりによって、復活初日に思わぬ事件で活躍することになる。
食堂ノート活躍!
さて、洗い場にも慣れてきた頃、いよいよ調理を担当することになった。 私の調理初仕事。それは、朝食用のピザトースト。 昼食や夕食はチームで分担して調理するのだが、朝食はサラダなどの一品料理なので一人で担当する。ううう、キンチョ〜するなぁ..。 まずは厚めにパンをカット。ちぎりやすいよう十字に切れ目を入れ、たっぷりのピザソースをぬった。塩コショウ少々、その上にスライスチーズをのせ、その上に具(ウィンナー、タマネギ、ピーマン、トマト)をのせて再びピザソースをかけ、その上にさらにシュレットチーズをたっぷりと乗せた、マダム特製ダブルチーズ式ピザトースト(?)が、晴れて食堂の冷蔵庫に並べられた。
野辺山観測所の朝食は、前日の夕方に調理したものを冷蔵庫に一晩保存し、深夜でも早朝でも好きなときに食べていただいている。これは24時間フル稼働している観測所ならではの特殊なシステムだ。 たとえば夜中から朝にかけて観測がある場合など、観測者は業務の支障にならないタイミングを見計らって朝食を摂る。もちろん、衛生上の理由から一定の時間内に食べていただくことにはなるのだが、食事時間は自分のスケジュールに合わせられるのだ。
この日、夫は夜中の観測が続いていた。 朝食は私が担当したのだと、うるさいくらい耳に入れたのは言うまでもない。 夫 「どれどれ、妻がつくった朝食の出来はどうかな?」
「おかしい。もしや溶けているのか?」 思わず冷蔵庫の扉をあけた夫。 ブワーーーーッ! 「うわあっ、なんだこれは!!!」
翌朝、私が食堂へ行ってみると、きのう復活したばかりの食堂ノートが、やけに目立つ場所に置いてある。そこには夫の大きな字でこう書かれていた。
(なんですって?!) しかもページをコピーして、冷蔵庫や食堂の入り口にまで貼ってある。 まずはピザトーストの外観である。冷凍状態だったシュレットチーズが解凍され、カチカチに角張っていた角が少し丸見を帯びていた。これは冷蔵保存をしたチーズに見られる状態だ。ただし常温に置いた場合でも同じような形状になる。しかし、シュレットチーズを見ても、具の下に敷いたスライスチーズを見ても、とろけて変形した形跡は認められない。ということは、庫内はチーズがとろけるほどの高温には達しなかった、あるいは一時的に高温状態になったとしても持続しなかった、と考えてよいだろう.....。 私は冷蔵庫の前で 夫が乗りうつったかのような 理屈っぽい考察を続けた。 次に、においを確認してみる。 (ふむ。) そりゃ私だって主婦のはしくれ。それくらいわかりますとも!
主婦の立場の私なら迷わず言う。
大丈夫!食べられる
食べられる!と言いたいのだが、業務上、食堂の衛生管理の厳しさを考えると、 これを出すわけにはいかない。 私は急いで代わりの食パンと牛乳を用意し、食堂ノートの夫の記述の下に赤字で書いた。
こうして、私のはじめての食事は泣く泣くごみ箱行きになってしまった。残念だが仕方がない。もし、このまま誰も気づかずにいたら...。もっと大ごとになっていたかも知れないのだ。 夫と食堂ノートあっぱれ、お手柄であった。 (あーあ...。) 私は自らの手で、ピザトーストを取り下げにかかった。 「あれっ? 2個足りない...。」 (終) また作ります、ピザトースト さばの味噌煮
いよいよ私も本格的な調理業務に入ることとなった。 はじめて担当するメインディッシュは「さばの味噌煮」。和食党のわが家では、たびたび食卓に登場するおなじみのメニューである。 基本的には生姜を入れてさばの臭みをとり、砂糖、酒、みりん、醤油、味噌を使って調理する。さばに照りがでる程度に煮詰めるのがポイントだ。仕上げの際にも味噌を入れ、香りづけだって忘れない。 この日私が腕をふるったレシピを紹介しよう。
30人前のレシピなんて、いらないか。
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